はじめに
こんにちは。データ分析エンジニアの木介です。
今回は、AWS Summit 2025 New Yorkにて発表されたS3 Vectorsについて、既存のベクトルストレージとの比較も含めて紹介していきたいと思います。
aws.amazon.com
S3 Vectorsとは
AWS S3の新機能として提供されるベクトルストレージです。
S3で提供されるため、従来のAWS上で利用できたベクトルストレージであるOpenSearch Serverlessや、Auroraなどと違いランニングコストがかからず、データ量とAPIリクエスト量に応じたコストのみでの運用が可能です。
これによりユースケースによっては大幅にコストの削減を行うことが出来ます。
1. 他ベクトルストレージとのコスト面での比較
ひと月で1GBのストレージ容量と30,000回の検索を行うことを想定した場合の他ベクトルストレージとのコスト比較の例を示します。
※AWSのリージョンはバージニア北部で計算をしています。
ベクトルストレージ名 | ひと月の総コスト | 内訳 |
S3 Vectors | $2.06 | ストレージ: $2.00, リクエスト: $0.06 |
OpenSearch Serverless | $175.22 | 1OCU: $175.2, ストレージ: $0.02 |
Aurora Serverless v2 | $87.83 | 1ACU: $87.60, ストレージ: $0.10, I/O: $0.13 |
Pinecone | $0(Starter)/$50(Standard) | 5インデックス以上利用する場合はStandardプランが必須となる |
他ベクトルストレージと比較して圧倒的に安くなることがわかります。
2. 機能面での制限事項
S3 Vectorsは安価で利用できるサービスですが、以下の機能に制限があります。
ベクトルストレージ名 | メタデータフィルタリングの検索機能 | チャンクサイズの制限 | 階層チャンキング |
S3 Vectors | 完全一致検索・範囲検索のみ | 500tokens | △(デフォルトの設定では不可) |
OpenSearch Serverless | 部分一致検索など柔軟な検索が可能 | なし | ○ |
メタデータフィルタリングの検索機能
メタデータフィルタリングの検索時にはOpenSearch Serverlessのような部分一致といった柔軟な検索が出来ず、完全一致や範囲検索などのみとなっています。
docs.aws.amazon.com
チャンクサイズの制限
作成できる最大チャンクサイズに500tokensという制限があります。
docs.aws.amazon.com
Bedrock Knowledgebaseによる階層チャンキングの利用
Bedrock KnowledgeBaseのデフォルトの設定では同期時に以下のエラーが発生するため、階層チャンキングが利用できません。
Filterable metadata must have at most 2048 bytes (Service: S3Vectors, Status Code: 400, Request ID:XXXXXX)
階層チャンキングをBedrock KnowledgeBaseから利用する際には、予め以下の設定のインデックスをS3 Vectorsにて作成する必要があります。
aws s3vectors create-index \ --vector-bucket-name "bucket-name" \ --index-name "index-name" \ --data-type "float32" \ --dimension 256 \ --distance-metric "cosine" \ --metadata-configuration '{"nonFilterableMetadataKeys":["AMAZON_BEDROCK_METADATA"]}'
これは階層チャンキングの親チャンクが格納されるメタデータがデフォルトでは2048バイトまでしか入らないためです。
そのため上記の形で親チャンクが入るメタデータをフィルタリング不可能なメタデータとして指定する必要があります。
上記のほかにもベクトル検索のみ対応しているため、当然Opensearch Serverlessなどが対応しているハイブリッド検索はできません。
他ベクトルストレージとの速度面での比較
では実際に利用する上でまず気になる検索速度についてOpensearch Serverlessと比較していきます。
検索条件としては以下となり、Bedrock KnowledgeBaseを利用した検索で比較を行います。
- データソース:以下のIPAのPDFを含めた約800MBの約1000ファイル
- Embedding Model:Titan Text Embeddingsv2
- Embedding Type:浮動小数点ベクトル埋め込み1024次元
- Chunking Strategy:固定チャンキング
- Chunk Size: 300
計測するクエリとしては、以下のようなバリエーションの質問を用意します。
キャッシュが利用されるケースも考慮し、合計で100種類を作成し、リクエストを行います。
質問例
"製造業における新規開発プロジェクトの工数と工期の関係について" "製造業の改良開発におけるFP規模と工数の関係"
比較した結果としては以下になります。
比較結果
ベクトルストレージ名 | 平均時間(s) | 最大時間(s) | 最小時間(s) |
S3 Vectors | 0.688 | 1.599 | 0.553 |
OpenSearch Serverless | 0.433 | 0.507 | 0.383 |
OpenSearch Serverlessよりは平均で0.2秒、最大で1秒ほど遅い結果となりました。
とはいえドキュメントにある1秒未満の回答がおおむね実現できていることから、おおよそのRAGでは許容できる速度であると思います。
他ベクトルストレージとの精度面での比較
では次に精度面についても比較をしていきます。
ベクトル検索のときのみと、OpenSearch Serverlessをつかったハイブリッド検索との比較について行っていきます。
比較方法としてはBedrock Evaluationsを用いていきます。
aws.amazon.com
1. ベクトル検索による精度比較
まずはベクトル検索のみの精度検証を行います。
先ほどと同様に同じKnowledgebaseの設定で比較を行いました。
指標としては以下の物を利用しました。
- Context relevance:取得したテキストが質問に対して文脈的にどの程度関連しているかを測定
- Context coverage:取得されたテキストが正解データの全情報をどの程度網羅しているかを測定
以下が比較結果です。
OpenSearch Serverless(ベクトル検索のみ)の精度
同じ検索手法を選択したため、ほぼ同程度の精度となりました。
ベクトル検索のみを利用する場合は精度面でもOpenSearch Serverlessなど既存のベクトルストレージを利用した場合とそん色がないことがわかります。
2. ハイブリッド検索との精度比較
では次にIDなどを含むデータセットを用いて、OpenSearch Serverlessを使ったハイブリッド検索との精度比較を行っていきます。
データセットしては以下のAmazonのレビューをユーザごとにまとめたものを新しく利用しました。
ハイブリッド検索検証用データセット
- Amazon Reviews 2023
以下のような約2万8千件製品IDとレビューの組み合わせを利用が利用できるデータセットになります。
product/productId: B000GKXY4S product/title: Crazy Shape Scissor Set product/price: unknown review/userId: A1QA985ULVCQOB review/profileName: Carleen M. Amadio "Lady Dragonfly" review/helpfulness: 2/2 review/score: 5.0 review/time: 1314057600 review/summary: Fun for adults too! review/text: I really enjoy these scissors for my inspiration books that I am making (like collage, but in books) and using these different textures these give is just wonderful, makes a great statement with the pictures and sayings. Want more, perfect for any need you have even for gifts as well. Pretty cool!
精度検証時の質問と回答のペアは以下のようなものを用意し、ハイブリッド検索の特徴であるキーワードの検索精度を重視して評価しました。
評価用データセット例
質問:商品ID B000GKXY4Sのレビューの要約を教えてください。 回答:Fun for adults too!
Knowledgebaseの設定は上記のものと変更なく、OpenSearch Serverlessによる検索方法のみハイブリッド検索に指定して検証を行いました。
以下が精度検証結果です。
S3 Vectors(ベクトル検索)の精度
OpenSearch Serverless(ハイブリッド検索)の精度
Context relevance、Context coverageの両方において、ハイブリッド検索を用いたOpenSearch Serverlessによる検索精度がS3 Vectorsのベクトル検索のみよるものよりも優れていることがわかります。
以下がハイブリッド検索では取得できたが、S3 Vectorsによるベクトル検索ではうまく取得できなかった質問例です。
質問例
商品ID B000GKXY4Sのレビューの要約を教えてください。
S3 Vectors(ベクトル検索)の検索結果
⇒質問に含まれるID: B000GKXY4Sを取得できていない。
product/productId: B000FP553C product/title: Kinesio Scissors
OpenSearch Serverless(ハイブリッド検索)の検索結果
⇒質問に含まれるID: B000GKXY4Sを取得できている。
product/productId: B000GKXY4S product/title: Crazy Shape Scissor Set
S3 Vectorsはベクトル検索しか利用できない関係上、IDや単語のようなキーワードを指定した検索では、検索精度が下がる状況があることが分かりました。
まとめ
S3の新機能であるS3 Vectorsについて既存のベクトルストレージとの比較も交えて紹介しました。
機能に制限はあるものの、ベクトル検索のみであれば十分実現できる機能であり、なによりも安価であるため積極的に利用していきたいですね。
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